家族のお年忌について

筆者は2月上旬の土曜日に会社の帰りに父方の祖母の住む実家に寄りました。
日曜日に祖父の一周忌のお年忌があるので、その前夜にお逮夜という儀式があるそうで、父の代わりに祖母の手伝いに行った次第です。
母は腕の骨折の手術が終わったばかりでしたので出席できませんでした。
実家に入ると母の母にあたる母方の祖母が車で来てくれていて父方の祖母の手伝いを既にしてくれていました。
2人とも90歳の高齢者です。
2人の高齢者と30代の筆者の3人での不思議な組み合わせのお逮夜となりました。

筆者の家族は代々禅宗の臨済宗のお寺の檀家になっています。
本来なら父が手伝うべきですが仕事で予定がどうしても空けられないそうなので筆者がお寺の住職をお迎えしました。
お茶と桜餅の和菓子を仕出ししました。
食事も用意していたのですが食事は召し上がられないとおっしゃったので簡単なおもてなしになりました。
読経を住職と一緒にしてお逮夜はスムーズに無事すみました。

お逮夜の儀式がすんで住職が帰られたあとに90代の2人の祖母と食事をしました。
葬儀や葬式、お年忌などが時代によって段々と簡略化されたり、こだわりのない共同墓地やいろいろな新しい葬儀のかたちになってきていることについて話題がいろいろと湧きました。

家族や身内が仲良く・助力・協力しあうことができることは時代に関わらず大切なことだと筆者は考えています。
そういう意味で両親ができない代わりに父方の祖母の手伝いができてよかったです。
目の前にある1つ1つの出来事に考えすぎずに素直に対応していくことは考える以上に見聞きして・経験してそれが教養の糧にもなると受けとめています。

一族の家族のお墓がちゃんと地元の菩提寺の庇護のもとにあることはありがたいことです。
大地震や津波、原発事故などで地元の土地が全く壊されてしまったりしたような土地の方々のことを考えると地元に根を下ろすことができることはたいへんありがたいことだと考えている次第です。